沢田教一写真展はいつ?愛用のカメラはニコンではなくライカ?

ライカ

世界的に有名な戦場カメラマン、
沢田教一さんは34歳という若さで
なくなっています。

実際に目にしたい方にとっては
写真展はいつ行われるのか?
気になりますよね。調べてありますよ。

愛用のカメラニコンではなくライカ
なぜ名前が出てくるのか気になったので
その辺も調べました。

主な作品の一つである『安全への逃避』
被写体の少女と、妻のサタさんは
50年ぶりに再会したとか?

そういう縁が残っているのは
なんだか素敵ですね。

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沢田教一さんのプロフィール

ライカ

私の知っていることというと
ピューリッツァー賞を受賞した
日本人カメラマンの一人ということです。

沢田教一さんが今も忘れられることなく
人の記憶に残っているのは
妻であるサタさんが今も
精力的に活動されているという点も
あると思いますね。

沢田教一さんのプロフィールを
簡単にまとめました。
ちなみに、イケメンです(笑)

名前:沢田教一
生年月日:1936年2月22日
没年:1970年10月28日()
享年:34歳
出身:青森県青森市
使用カメラ:ライカM2、M3、M4

報道写真家としての活動期間
上述した年齢のこともあって短く
1961年~1970年の10年間でした。

ベトナムに取材に出かけたのは1965年のこと
偶然にもベトナム戦争が本格的になった
時期に滞在していました。

東京に戻ってから異動で
UPI通信社サイゴン支局に赴任
再びベトナムを取材するようになった
1965年9月6日に撮影した写真が
あの有名な『安全への逃避』です。

沢田教一さんは翌年、この作品を含んだ
28作品の写真集にて日本人としては
2人目となるピューリッツァー賞を受賞しています。

本人には引き抜きや出世の道がありましたが
カメラマンとして最前線で活動することが
一番だったのでしょうね。

1968年にUPI通信社の香港支局に
写真部長として赴任するも
1970年にサイゴン支局に戻って
10月28日に何者かの狙撃により
命を落としています。

その後も沢田教一さんは
ドキュメンタリー映画になったり
舞台になるなどして今も名前が知られています。

とはいえ若い人からすると
戦場カメラマン=渡部陽一さんの
イメージがあるかもしれません。

ちなみに、渡部陽一さんは現在も
元気に活動していらっしゃいます
本当に蛇足ですけど。

沢田教一写真展はいつ?場所は?

出身地である青森県の青森県立美術館で
定期的に写真展が開かれているイメージ。

この記事執筆時点の直近ですと
IZU PHOTO MUSEUMにて
2017年9月9日(土)~2017年12月25日(月)
の期間で写真展が開かれます。

IZU PHOTO MUSEUMの入場料は
以下の通りです。

大人:800円(700円)
高・大学生:400円(300円)
小・中学生:無料
()は20名以上の団体料金

アクセス:静岡県長泉町東野クレマチスの丘(スルガ平)347-1

静岡県長泉町東野クレマチスの丘(スルガ平)347-1

開催期間から予測するに
2017年の沢田教一写真展は
IZU PHOTO MUSEUMで終わりでしょうね。

来年はまた青森県立美術館かな?

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沢田教一さんの愛用のカメラはライカ

沢田教一さんの愛用のカメラはライカです。
それ以外を使わなかったか?というと
そういうわけではありませんが、
独自のこだわりからきています。

1967年にはライカM3を3台、ライカM2を2台、
ライカM4を1台とボディー6台を所有するという
生粋のライカ信者といっても過言ではないですね。

というのも本人によると
日本のカメラは写りが悪い、
日本のカメラは故障してしまう、
などといったことからライカを愛用していました。

ニコンを使っていたこともあったようですが
取材中に故障して写真が取れなかったことから
よりいっそうライカへの想いが高まったようです。

自分の命の危険も顧みず戦場で
カメラを構える戦場カメラマンにとって
故障なんて考えたくもないトラブルでしょうし
壊れないことへの信頼が信奉へと
高まるのも仕方がないでしょうね。

なぜニコンという言葉が出てくるの?

愛用カメラはライカで、ニコンが壊れて
さらにライカへの信奉が深まった
というエピソードがある沢田教一さん。

ニコンというキーワードが出てくるのは
ニコンの世界という本にて
『安全への逃避』を撮影したのは
ニコンのカメラであると主張されているからです。

実際にどうだったかはさておき、
ほとんどがライカで占められていた
沢田教一さんのカメラの中で
ニコンが出てくるのはレンズぐらい。

主力がライカだったというのが
確実な真実ですね。

映像化や舞台化も

沢田教一さんに関しては映像化や
舞台化が何回か行われています。

1982年にはNHKで特集が
1996年には五十嵐匠監督による
ドキュメンタリー映画が作成されています。

沢田教一さんはとてもイケメンだったのですが
俳優陣も割とそういった方々がチョイスされており
何となく時代が見えますね。

1999年には大沢たかおさんが
2004年には萩原聖人さん、
2013年には舞台にて玉木宏さんが
それぞれ沢田教一さんの役を演じています。

こうやって何度も映像や舞台化されるのは
世界的に名誉のある賞を受賞し
若くして亡くなったという人生が
物語のように感じされるというのが
あるかもしれません。

最後までお読みいただき
ありがとうございました。

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