砂川啓介が死去、がんが原因?本での想い、大山のぶ代はどうなる?

老人ホーム

大山のぶ代さんの旦那さんで
俳優の砂川啓介さんが
亡くなられていたことがわかりました。

元々がんを患っており、
それが原因でしょう。

しかしそうなると遺された
大山のぶ代さんのことが気になります。

その想いは本でも語っていましたし、
さぞかし砂川啓介さんは
無念であったでしょうね。

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砂川啓介さんのプロフィール

大山のぶ代さんの旦那さんで
看病が大変なんだろうなと
そんなイメージしかなかったものですから
今回の訃報は色んな意味でショックでした。

まずは砂川啓介さんのプロフィールを
簡単にまとめました。

名前:砂川啓介(さがわ けいすけ)
本名:山下啓一
生年月日:1937年2月12日
年齢:満80歳没
出身:東京都

1961年に、後に『おかあさんといっしょ』へ
併合されるNHKの番組『うたのえほん』にて
初代たいそうのおにいさんとしてブレイク。

40周年の時などは当時の衣装そのままで
たいそうのおにいさんとして舞台に上がるなど
さすがは初代だと感じましたね。

1964年に舞台で共演したことがきっかけで
大山のぶ代さんと結婚して以来
芸能界きってのおしどり夫婦として
本を出すなどで知られてきました。

特に”啓介・のぶ代のおもしろ酒肴”は
100万部を超えるベストセラーになりました。

2015年に大山のぶ代さんの
認知症を公表する記者会見以来、
私にとっては砂川啓介さんの情報が
現状を知る手段だったので
非常に気になっていました。

今回、大山のぶ代さんを残していくことは
ご本人も残念だったでしょうね。

砂川啓介さんの死去、がんが原因か?

砂川啓介さん夫妻は今最近でこそ
大山のぶ代さんの認知症が話題になりましたが
お二人ともがんの経験者でした。

2001年には大山のぶ代さんの
がん闘病経験が本によって明かされてます。

砂川啓介さん本人も2013年に胃がんになるも、
初期だったので切除したことを公表しています。

さらに昨年2016年には尿管がんと診断され
それを自分の講演会でも明かしていました。

尿管がんは尿管結石と似た痛みや血尿が
症状などで現れるという
想像しただけでも痛い病気。

治療しても3~5割の確率で
膀胱にがんが発生します。

それを考えるとやはり、亡くなったのは
がんが原因なのでしょう

テレビ番組にも出演するなど
順調に回復をアピールされていただけに
非常に残念です。

80歳!?嘘でしょ?
と感じる程に若々しいイメージだったので
その点も私はショックでした。

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大山のぶ代さんはどうなるの?

砂川啓介さんが尿管がんと診断され
闘病生活になるにあたって
大山のぶ代さんは老人ホームへと
入所しています。

お二人の間にお子さんはいません
先に自分が亡くなる可能性も含めて
終身タイプの老人ホームを選び
入居しているのではないかと。

砂川は大山の近況について「(病状は)良くはならないけど、老人ホームに入ってから体はすごい元気。僕は病気したことなかったが、持っていかれてしまった感じ」と話した。ただ、音楽療法を受けた時には歌詞の字が読めなくなってしまっていたそうで「見なければよかった」と苦しい胸の内を明かした。
引用元:http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2016/11/16/kiji/K20161116013734740.html

上記は昨年11月の記事ですが
この時点で親族や友人で預かれる
そんな状態では無いように思えますし
それならばプロにお任せしていると
考えるのが自然でしょうね。

砂川啓介さん、本で想いを語っていました

砂川啓介さんはかつて自身の著書である
”娘になった妻、のぶ代へ
大山のぶ代「認知症」介護日記”にて
「病気の君を置いて先には死ねないよ」
と伝えていました。

講演会での活動だけでなく、介護
そして自身の闘病生活のなかで
大山のぶ代さんを残していく
さぞ無念でしょうね。

もしかしたら大山のぶ代さん自身は
砂川啓介さんが亡くなった事も
理解できていない可能性もあります
それは本人にとって幸せなのか
可哀想なのか……難しいです。

自分の語彙力のなさが悔しいですね。

故人のご冥福をお祈りいたします。

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『砂川啓介が死去、がんが原因?本での想い、大山のぶ代はどうなる?』へのコメント

  1. 名前:サイナイ 投稿日:2017/07/18(火) 20:36:23 ID:a13746fb2 返信

    サトゥーさん、この記事を執筆していただき、ありがとうございます。

    私は民放の『News Every.』で初めて見ましたが、『おかあさんといっしょ』の初代たいそうのおにいさんだった砂川啓介さんが亡くなってしまいました。学年ではまだ80歳でした。

    本人が1969年10月に同番組を卒業後も生きていた頃、同じ東京都出身の方では『しまうまグルグル』、『ぞうさんのあくび』等を作曲した乾裕樹さん(※1)、高木均さん(※2)、福田和禾子さん(※3)、中村秀利さん(※4)、『元気に一、二』等を作曲した越部信義さん(※5)等が亡くなってしまったケースもあるそうです。

    横山だいすけさんが卒業して、花田ゆういちろうさんと交代した後も当時はまだ生きていたのに…それはとても残念です。
    ご冥福をお祈りいたします。

    以上、訃報でした。

    ※1:坂田おさむさんが一人で作詞曲した『どんな色がすき』等の編曲もした1949年9月29日生まれのキーボーディストさんでしたが、2003年1月に亡くなりました。学年ではちょうど53歳でした。

    ※2:1941年11月28日生まれの女性作曲家さんでしたが、今年5月3日にマルゲリータさんのお願いが496Eね!で再放送された2008年秋のファミリーコンサート『おまつりコンサートをすりかえろ!』のオーバーチュアーを遺作として同年10月5日に録音が無事に終わり、職場を出ようとした所、そのまま倒れて静かに永眠してしまいました。まだ66歳でした。

    ※3:1982年4月5日~1992年10月3日までに10年半(同年6ヶ月間)も放送されていた井出隆夫さん原作と脚本の人形劇『にこにこぷん』のかしの木おじさんの声を演じ、1994年5月2日~1997年4月4日までに放送されていた『ふしぎなあのこはすてきなこのこ』のナレーション等をした1925年2月26日生まれの男性俳優、声優、ナレーターさんでしたが、2004年2月11日午前1時7分頃には虚血性心不全(推定)のため、自宅で死にました。まだ78歳でした。

    ※4:1996年11月のファミリーコンサート『はるなつあきふゆミュージカル』ではゲストキャラクターのソーセージの声を演じる前、1991年4月1日~1994年2月25日までに丸2年10ヶ月間放送されていたショートアニメ『ふたりはなかよし グーとスー』にはナレーションとして声の出演をするまでには『ミュータントタートルズ』のロックステディやマクフィンガー等の声を演じていた1954年7月12日生まれの男性声優さんでしたが、2014年12月24日にクモ膜下出血のため亡くなってしまいました。ちょうど60歳でした。
    現在は声のライブラリ出演をさせていただいている事はあるようです。

    ※5:この他にも花田ゆういちろうさんがソロで歌った実績のある『菜の花畑で思い出す』等を作曲した1933年8月21日生まれの男性作曲家さんでしたが、脳梗塞と肺炎の合併症のため亡くなってしまいました。ちょうど81歳でした。

    • 名前:サトゥー 投稿日:2017/07/19(水) 10:39:49 ID:33e5da586 返信

      若々しく、エネルギッシュなイメージだったので
      訃報は本当に残念でした。

      コメントでの情報、ありがとうございます。